脳腫瘍の男⑭

脳腫瘍の男は政界のドンとお店の主人のいるカウンター席に来ました。

 男は未だお店の主人とちゃんとお話が出来なかったので、

 まずは退院してもう元気だと言う事を説明したかったし、お礼も言いたかったのです。 

「無事退院して元気です。心配かけてしまってすみませんでした。」 

そういうとお店の主人は 「経緯は聞いたよ。安心した。本当に元気そうだ。音聞けば判るよ。」 

 

そのとき 小奇麗な若い女性が来て脳腫瘍の男に 

「演奏とっても素敵だったわ。わたしに一杯おごらせて。」 と言われ、

これまた困って 「僕お酒飲めませんから、いいです。」 と言うと『カチン』と来たその女性はその場をぷいっと去って行きました。 

 

 

政界のドンは 「馬鹿だな。中々いい女だったじゃねえか?あのケツ見ろよ。

ありゃ、お前さんなら落とせるって自信たっぷりだったからなぁ、

プライドが傷ついたんだよ。 まぁ、仕方ないさ。お前さん女性には興味ないんだから・・・」 と脳腫瘍の男に言うと、 ふと入口の彼が描いた絵を思い出した政界のドン。 

 

「おい。お前さん、 この絵もバンドのメンバーに会ったこともないのに描いたんだって?

 もしかして予知能力とか、そういう力でもあるんじゃないのか?

 夢で会う女性って描けるかい?

あんなべっぴんさんも興味ない奴が恋する女ってのに興味が湧いちまったぜ。」 

 

脳腫瘍の男は 「はい。目を瞑れば鮮明に浮かんでくるほどです。 描いてみたいです!」

 するとバンドのメンバーに未だ使ってない楽譜に鉛筆でそれはそれは見事な細密画を描きました。 

 

それを見た政界のドン。 持ってたグラスを落としました。 ガッチャ-ン! 

 

政界のドンは 「お前さん、パスポートは持ってるか?」 そう訊ねると、 

脳腫瘍の男は 「はい。去年、社員旅行でグアムに行ったんです。 取引先が旅行代理店で売り残りのチケットに困ってまして、 それでうちの会社が買い取る事になってですね・・・」 

 

「あー!そんな話はどういい!とにかく、パスポートはあるんだな?」 政界のドンは苛付きながらも訊ねると 「はい。」 と脳腫瘍の男が応えました。 

政界のドンは彼にこう言いました。 「今週中にフロリダに行くぞ。お前さんもだ。」 

 

つづく