脳腫瘍の男 最終話

脳腫瘍の男 

脳腫瘍の男は慌ててホスピスのスタッフや看護師さんに彼女の行方を聞きましたが 
ホスピス側には守秘義務があり教えてくれませんでした。 

脳腫瘍の男は青ざめました。 

彼女は末期のガン患者で長い闘病と入院生活で体力はありません。 
免疫力も落ちていることを 
脳腫瘍の男も重々分かっていました。 

彼女の望みだとは言え 
街に出てバーにも行きお酒も飲み、 
増してや朝帰りだなんて無茶をさせてしまった事で彼女の容体が悪化し転院したのかも知れないと脳腫瘍の男は想像しました。 

脳腫瘍の男は酷く落ち込み別荘に帰ると 
政界のドンは直ぐに脳腫瘍の男に何かあった事に気付きました。 
『どうした? 
さっきまでフワフワ浮ついてたくせにむ 
今度はお通夜みたいな顔しやがって。 
なんだ。女とケンカでもしたのか?』 

脳腫瘍の男は泣き出し、成り行きを政界のドンに説明しました。 
『僕が彼女に無理させたに違いないです。 
僕のせいかもしれない。 
彼女は、もうホスピスにいません。 
もう二度と逢えないかも知れません』 

政界のドンは 
『バカもん! 
弱気になりよって!』と脳腫瘍の男を叱りました。 
『こんな時こそ俺の出番じゃないか』 
そう言うと直ぐにお付きの人に彼女の居場所を探すよう命令しました。 

10分もしない内にお付きの人は彼女の居場所を見つけ出しました。 
政界のドンは脳腫瘍の男に言いました 
『別の病院に移ったみたいだ。 
そんなに遠くはない。 
今直ぐ行くぞ 
メソメソするな! 
俺も一緒に行ってやる 
お前さんが振られるなら俺様が見届けてやる 
心配するな!』 

すぐさま、あの立派な黒い大きい長い車に乗り込みました。 

運転手に『急げ!』と命令すると物凄いスピードで発進しました。 

彼女が転院した病院は隣の町にありました。 
脳腫瘍の男は気が気ではありません。 
彼にとって初めて愛し合った日に彼女は転院したのですから 
あの夜のせいで嫌われたのか? 
体調が悪化したのか? 
何故、病院を移ったのか? 
心の中は不安でいっぱいでした。 

隣町の病院に着くと面会時間は過ぎていましたが 
政界のドンは海外でも力を持っています。 
難なく病院に入れました。 

脳腫瘍の男と政界のドンは彼女の病室をノックしました。 

すると中から彼女の返事が聞こえました。 
『誰?』 

政界のドンは小声で、脳腫瘍の男の耳元で『応えろよ』と言って肘で突きました。 

脳腫瘍の男は自信なそうに 
『僕です』と応えると 
彼女は自らドアを開けました。 

『良かった。 
会いたかったのよ! 
でも、貴方の連絡先も何も知らなくて。』 
彼女がそう言うと 
脳腫瘍の男に抱きつきました。 
脳腫瘍の男は彼女の容体が悪化したのか、嫌われたと思い込んでいたので 
鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてキョトンとしていました。 

彼女は言いました。 
『ビックリするわよね。 
急にわたし、転院してしまって。 
私だってビックリしてるのよ 
だって、私元気になったんですもの』 

脳腫瘍の男も政界のドンも 
彼女の言ってる意味が分かりません。 

『どういう事? 
だって転院したし 
容体が悪化したのかと思ったから』 

彼女は言いました。 
『私にもさっぱり分からないわ。 
朝送って貰って 
ホスピスに帰ったらとっても眠くなって 
昼過ぎに起きたの。 
そしたら、すっごく目覚めが気持ちよくて 
健やかなの。 
鏡を見て顔色が良いからビックリしたわ。 
あまりにも、いつもと違うの。 
恋をしてるからかしら?って思ったわ』 
脳腫瘍の男も政界のドンも彼女の説明をポカンと聞いています。 

『精神的な事だと私も思ったわ。 
でも違うの 
本当に変わったの。 
触ってみて』 

そう言うと彼女は脳腫瘍の男の手を自分の胸に当てさせました。 

脳腫瘍の男は驚きました。 
切除したはずの胸に大きな膨らみがあるのです。 

『ね?驚いたでしょ? 
両方とも戻っているのよ 
まだ驚く事があるわ』 
彼女がそう言うと 
いつも被ってる毛糸の帽子をとりました。 
すると、どうでしょう。 
真っ黒な髪が生えてきているのです。 

彼女は続けました。 
『私の髪の色は黒じゃないわ。 
ブロンドよ。 
ホスピスでは癌検査は出来ないから、ここに転院したの 
ホスピスの前はこの病院にいたのよ 
フロリダでも癌の治療では有名な病院なの 
胸の切除もここでしたのよ。 
ドクターは私の胸を見て驚いたわ。 
髪の毛だって急に生えて来て 
しかも黒髪 
だから、もう一度再検査するの。誰より私が驚いているわ』 

この奇跡の一部始終を見ていた政界のドンは言いました。 
『これはお前さんの脳腫瘍のせいじゃないのか!? 
お前さん達セックスしたんだろ?』 

政界のドンは続けました。 
『おっとレディの前でデリカシーのない発言失礼した。 
始めまして。 
俺は彼に命を救われた者だ。 
彼の脳腫瘍のお陰で現代の医学で治せない難病が治ったんだ。 
彼の脳腫瘍はどんな難病でも治す不思議な力がある。 
確かな事は分からないが 
君たちが一つになった時 
もしかすると脳腫瘍の分泌物が脊髄を通って彼が射精したと同時に貴女の身体に入ったのかも知れない。 
これは憶測だが 
それ以外に考えられない。』 


彼女は政界のドンが言う奇跡の脳腫瘍の話をスンナリ受け止める事が出来ました。 
何故なら自分の身体で実感している事だからです。 

奇跡を実感している彼女は政界のドンの憶測を信じる事が出来るのでした。 

彼女は脳腫瘍の男に抱きつきました。 
『検査の結果は先だけど 
貴方の不思議な力は私のがん細胞を消してしまった、そう信じるわ。 
奇跡だわ。』 

その後、検査の結果が出ました。身体中に転移したがん細胞は魔法のように、すっかり消えていました。 
二人は何の疑いもなくお互いの愛を確信し結婚しました。 
しかも、お腹の中には赤ちゃんが。 
彼女の両親もこの奇跡には驚き 
まさか赤ちゃんまで授かるとは思いもしませんでしたから 
二人の結婚を祝福しました。 

脳腫瘍の男の両親もフロリダに呼び政界のドンも結婚式に出席しました。 
結婚式では政界のドンが1番大泣きしました。 

政界のドンは二人の結婚を見届け日本に帰る事にしました。 
政界のドンは今度は本当に国民のために帰るのです。 
『まだまだ、日本で遣り残した事が山のようにあるからな。 
俺は未だ引退しちゃいけないらしいな。 

今の日本は大変な時期だ。 
俺は本当の意味での改革をする。 
お前さんのお陰で目が覚めた。』 

そう言いのこし日本に帰りました。 

脳腫瘍の男と彼女 
二人の子供は無事に産まれましたが、やはり脳腫瘍がありました。 

二人は何も心配はしていません。 
この脳腫瘍は障害ではなくギフトだからです。 

2050年 
ニュースでは 
生まれつき脳腫瘍がある新生児が増えた事を問題視 
文化人や化学者や医者達は 
ストレスか環境汚染のせいにしています。 



おしまい。 

ゑ莉