脳腫瘍の男⑨

翌日、政界のドンは真っ黒な高級車ですぐさま、脳腫瘍の男が入院している病院に駆けつけました。政界のドンは大勢のおつきの人たちを引き連れて病院内に入ってきました。 

 

「脳腫瘍の男はどこだ。話は全部知っている。会わせろ。」 

 

病院側は焦りました。 「どこから漏れたんだ?」 

 

病院側も内密にやっている事です。 

 

研究に関わった医者や研究医は何とかしようとしたのですが、何せ相手は大物です。 

 

政界のドンは切り出しました。 「お前らがやってる事は、言わば人体実験だ。これがマスコミに漏れたらどうなるかね。」 

 

病院側は冷や汗ものです。 後ろめたい気持ちはあったのです。 病院側も降参して、脳腫瘍の男の部屋に政界のドンを案内する事にしました。 

 

院長も研究医もお付きの人もぞろぞろ引き連れて政界のドンは脳腫瘍の男の部屋のドアを開けました。

お付きの人は表で待たせました。 研究に携わった医者達も緊迫した面持ちです。 

 

「本当に起きないのか?」 医者達は「この3ヶ月間、ずっと眠ったままですが、脳波の異常もなく身体的な面でも健康です。

不思議ですが、脳腫瘍も大きくもならず小さくもならず、寝顔はとても幸せそうです。」 

 

そう言うと、政界のドンは 

 

「バカモン! こいつはな。俺にとっては命の恩人なんだぞ。 このまま寝たままでは困る。」 

 

医者達は「え~。ですが、親御さんやお友達が来ても目覚めせん。どうした物かと途方に暮れています。」

 

政界のドンは 「なんだ?そりゃ?医者の言う台詞じゃない!自分達が原因でこうなったんだろうが! 責任は誰にあるんだぁ?」 

 

医者や研究医、皆うつむき黙りこくってしまいました。 

 

確かにあの実験は危険だったのです。 それを承知で行ったのです。 

 

魔法の脳腫瘍。 誰もが飛び付きたくなる興味そそられる研究材料。 

 

でも、彼は脳腫瘍を持っているだけの普通の人間です。 それを、ここまで追い詰めてしまった事に、医者達も後ろめたいのです。 

 

政界のドンは苛立ち、脳腫瘍の男に大声で叫びました。 「コラー!いつまで寝てるつもりだ!俺がわざわざ、ここに来てるんだぞ。 お前の脳腫瘍で助かったたった一人の男だぞ! 会いたくないのか!」 

 

医者達も研究医もびっくりしました。 急に大声を出すので、皆慌てました。 

 

すると、脳腫瘍の男は薄っすらと目が開きました。 

 

皆、びっくりです。 その場に立ち会った医者達は親に合わせても友達を呼んでも起きなかったのに、何故に今日初めて会ったこの悪名高い政治の裏のドンの声で目が開いたのか不思議でなりません。 

 

脳腫瘍の男は 「皆さん。おはようございます。今誰かの大声が聞こえてびっくりしました。 何かあったんでしょうか?」 

 

政界のドンは飛び跳ねて喜びました。 「お、お前!目が覚めたか!」 

 

脳腫瘍の男は、何が何だか判らず 「お宅様はどなたでしょうか?」と訊ねました。

 

政界のドンは脳腫瘍の男に言いました「3ヶ月間、眠ってたんだぞ。お前さんはよ。 お前さんの脳腫瘍で俺はエイズが治ったんだよ。命の恩人なんだよ。」 

 

脳腫瘍の男はびっくり仰天です。 「3ヶ月間も寝てたの。僕・・・あれ?頭に着いてた管がないや。」 

 

医者の一人が説明しました「もう、あれ以上の分泌が出なくなったんです。 もう必要のない物なのでこの部屋に移す前に取り外しました。」

 

脳腫瘍の男は「ああ、僕は役立たずだな。せっかく沢山の人が助かったかも知れないんでしょ?僕自体なんのとり得もない人間です。こんな脳腫瘍で助ける人がいればいいな、って、思ってたのに。ホントに僕はダメだな。」 

 

政界のドンは 言いました「何言ってやがる。この俺を助けてくれたじゃないか? おれが助かるってのは日本が助かるのと一緒だぞ。 」

 

そう言われても脳腫瘍の男にはピンと来ませんでしたが、たった一人でも助かったなら、頑張った甲斐はあるな。そう思ってにっこり微笑みました。 

 

その微笑を見て、不思議な気持ちにさせられた政界のドンは 「じゃあ、こいつは俺が引き取る。もう入院する必要はないだろ? 人体実験は失敗に終わったのだからな。」 こう言われては医者たちも研究医も何も言えません。 

 

病院側は 「一応検査だけはした方が安全ですし安心して退院出来ますから、あと、1週間は退院は待って下さい。」 政界のドンもそれには素直に応じました。 

 

でも、脳腫瘍の男は「僕の両親は?会社は?皆さんに心配掛けてしまいましたね。

 お詫びとお礼を言わなければ・・・」 

政界のドンは 「まぁ、後は俺に任せとけ。会いたい人いるなら、教えてくれ。両親だって心配してるだろうからな。」

 そして、彼は3か月分の大あくびをし、う~んと伸びをしました。 

外がとても眩しい。 でも、彼は寝続けてる間、とっても幸せだったのです。

幸せな夢を見ていたからです。 だから、脳腫瘍は大きくならなかったのです。 

 

幸せだった夢の内容は、後々、彼の口から説明されることになります 

 

つづく