脳腫瘍の男 ⑧

或る夜、政界のドンに電話が掛かってきました。 

再検査をした病院の主治医からでした。 

「あの・・・よく理解出来ないんですが、再検査の結果、陰性でした。」 

政界のドンは 「本当か!でかしだぞ。やっぱり俺には運がついてやがる。くっくっく・・」

 そして、彼は思いつきました。 

『あの研究医使えるな。このワクチンの特許を俺の物にしたら俺は神様になれる。 

どんな病気でも治すワクチンだ。誰もが欲しがる。』 

 

政界のドンは直ぐに、研究医の居場所を探させました。 研究医はあっと言う間に見つかりました。 

 

急に大金を手に入れた研究医は有頂天になってました。

高級クラブでホステスをはべらかして、高笑いをしていました。その場に政界のドンがやって来たのです

 

その場はシーンと静まりました。 「おやおや。こいつはご機嫌だね。俺にも酒をくれ。」

 研究医は実際、完璧に自信があったわけではありません。

何せ、あの脳腫瘍の分泌物を人間に投与するのは初めてだったからです。 

彼はさーっと顔が蒼くなり酔いが醒めました。

 唾をゴクリと飲む音が静まり返ったホールに響くかと思うほど、彼は緊張しました。 

 

政界のドンは、わざとエイズが治った事は研究医に言いませんでした。 

「今夜の酒は格別、旨いな。なぁ、あのワクチンは何処で作ったんだ?」

 研究医は焦りました。まさか、或る男の脳腫瘍の分泌物とは言えない。

きっと、失敗してまったんだ。どうしよう・・・しどろもどろになりながらも、なんとか応えました。 

 

「えっと、あ、あれはですね。そ、その・・・内密に研究している段階でして・・」 

 

政界のドンは 「御託はいいから、何処でワクチンの研究をしているんだ?正直に答えないと、

お前の身がどうなるか大体想像はつくだろう?」 

 

研究医は、汗がどっと出ました。

 彼は、もう研究の現場を辞めていましたから、

 心の中で呟きました『喋っても、もう僕のせいではない!』

 研究医はグラスに入ったお酒を一気に飲み干しました。 そして事実を喋ったのです。 

 

政界のドンは聞いてびっくりしました。 「なんだと!その男の脳腫瘍の分泌物だと?ふざけるな!」 研究医は、土下座しました。 

 

「すみません。ワクチンなんて嘘でした。でも、その患者からは、もう、脳腫瘍の分泌物は取れないんです。」 

 

研究医は事細かに今までの経緯を説明しました。 

 

政界のドンは驚きを隠せませんでした。 『つまり、俺はその男に助けられたって事か・・・。金でどうにもならない事だと言うのか・・・。』 

 

最初の検査で陽性と判断された時、政界を牛耳る彼ですら目の前が真っ暗になったのです。

 一度は死の恐怖を味わったのです。 その恐怖から救い出してくれたのは、その脳腫瘍の男だったのです。 毎晩襲い掛かる悪夢の呪縛から解放してくれたのは、たった一人の男だったのです。 医者でもワクチンでも権力者でも何でもない平凡な男。

 

政界のドンは、無性に脳腫瘍の男に会いたくなりました。 誰だって自分の命を救った人間に会いたくなるものです。 それに、こんな摩訶不思議な話。 政界のドンは、実際この目で確かめたいと、その救ってくれた脳腫瘍の男に会いに行く事にしました。 

 

つづく。