脳腫瘍の男⑦

医者達は慌てて両親を呼びました。

 

両親の声を聞けば目覚めるのではないか?そう思ったからです。 両親はずっと息子に電話しても出なかったので、とても心配していたところでした。

 

両親が病院に駆けつけました。 「もう、一週間以上寝ています。」医者達は訴えられるのを恐れてあのような人体実験があったとは、言いませんでした。

 

言わなければ嘘をつくと言う事にはならない。そう、言い聞かせる医者も中にいました。 

 

でも、彼は両親が駆けつけて名前を呼ばれても目覚めませんでした。 

 

寝顔は相変わらず穏やかで幸せそうでした。 上司や同僚もその後、駆けつけて来ました。 彼は全く反応がありません。 

 

同僚仲間はあのジャズバーで演奏してたことを知っていたので、お店の主人に直ぐ電話をかけ、容態を説明し、お店の主人もそれを聞いて慌てて来ました。 でも、彼は起きません。 

 

皆、彼を愛している存在です。彼も皆を愛しています。 でも、目覚めませんでした。 

 

方や、もう一人、病気で悩んでいる人がいました。 その人は、政界の大物と言うより、裏を牛耳っている隠れたドンです。 その政界のドンは、エイズ検査にひっかかったのです。 「陽性」 

 

まさか、自分の身にそんな現代の医学ではどうにもならない病気になるとは思ってもいませんでした。 

 

「くそ!どのアマが、俺にエイズうつしたんだ!ちきしょうめ!」 

 

政界のドンはキャリアで未だ病気が発症していません。 

 

「こうなったら、何が何でも治してやる!俺には金があるんだ。」そう言って、あらゆる専門分野に情報を集めさせました。 

 

世界のネットワークを持っている政界のドン。 ある男からこっそりある情報を手に入れました。 ある男とは、不思議な脳腫瘍の研究のため、あの場にいた研究医でした。 

 

「人間ってのは弱いもんさ。俺は弱い奴の弱点を、よく知ってる。」薄笑いを浮かべました。 

 

研究医を直ぐ呼び寄せました。現金を研究医の前にドーンと置きました。 それから小切手も。 

 

研究医は、公には出来ない研究をしてしまった上、それは失敗に終わった事に内心、腹を立ててました。

 

医者とは本来個人情報を漏らしてはなりません。 研究医は、「治すワクチンはありますが、とても、限られています。しかも、実際未だ人間で試してはいません。ですので・・・」 そう言うと、政界のドンが、今度は小切手に0を数えないと幾らか判らない数字を書きました。 

 

「お前の言いたい事はこういう事だろ?俺が実験台になってやる。お前の研究心も満たされるってもんだ。違うか?」 

 

研究医は汗がどっと出てきました。 「わ、わかりました。ワクチンを持ってきますので、ご内密にして下さい。」そう言うと、 研究医はその夜、こっそり病院に行きました。 

 

勿論、当直の医者達もいましたが、他愛ない話をして誤魔化し、脳腫瘍の分泌物が保管されている部屋の鍵を開け、容器から不思議な脳腫瘍の分泌物を注射器で抜き取りました。

 

そのまま、HIVウイルスの患者、政界の裏のドンに注射すると言う無謀ではあったけれども、あの大金を貰っておいて逃げ出す事も出来ません。 

 

その研究医は翌日早速、ワクチンと称した脳腫瘍の男の分泌物を、政界のドンに注射しました。 政界のドンは、「それがワクチン?ま~いい。これで治るんだな。」 「は、はい。未だ研究段階なので・・・。あの、その。」 「もう、いい。帰れ。何だか眠い。」そういわれると研究医はいそいそと帰りました。 

 

翌朝、目覚めた政界のドン。 「気持ちよく寝たな~。ひさぶりだな。こんな気持ちよく目覚めたのは・・。ずっと、悪夢にうなされてたからな。この俺が。」 

 

気分はとても晴れやかで、そんなに早く効果が現れるわけはない。そう思いつつも、病院に足が向きました。

 

そう、陽性と診断された病院。 

 

医者に「もう一度検査してくれないか?」 そう言われた医者は首を傾げました。 「この間、陽性だと、説明したはずですが。」 「いいから。とにかく再検査だ。」 有無を言わさず再検査させました。 

 

つづく。