脳腫瘍の男⑥

彼は真っ暗な窓のない音もない部屋で過ごす事になりました。 やはり頭痛に悩まされ、彼は苦痛で堪りませんでした。 普通ならこんな状況に置かれたら気が狂ってしまいます。 

 

精神科医から反対の意見が出ました。 でも、どんな病気も治してしまう彼の脳腫瘍。 彼の遺伝子を調べても、何処もおかしくないのに、突然変異で彼はこの不思議な力を持つ脳腫瘍を生まれながらに持っているのです。 医者達にとっては、彼の脳腫瘍は、実に興味深いものでした。 これで、ワクチンが作れたらノーベル賞ものです。 いや、それどころではないでしょう。インフルエンザでも癌でもエイズでもどんな病気でも治る不思議な力。

 

お金儲けになります。

 

医者達はもう、本来の目的を見失っていました。 

 

末期癌の患者さん。エイズで苦しんでる患者さん。

本当の目的はそういった今の医学では治せない人達を治すために、彼に協力してもらっているのに、

すっかり、忘れてしまっていたのです。

 

でも、彼は「僕が耐える事で、誰か救えるなら、この脳腫瘍が、その為に使われるなら、本当にこの脳腫瘍が人の命を救えるのなら、僕はどんなに辛くても耐えなくちゃ。

 病気で苦しんでる人は、こんな風に真っ暗闇の世界、音のない世界、自由に行動出来ない身体、そして毎日尋常じゃない苦痛と闘ってるんだ。 

僕なんかより、もっと、もっと、大変なんだ。 僕が今置かれてる状況よりもっと、もっと過酷なんだ。 僕はこんな事で、弱音を吐いてる。 僕に出来る事があるのなら、此処で耐える事だ。」

 彼は自分にそう言い聞かせました。 

 

彼はずっとベッドの上で過ごしていました。 

 

寝てるんだか起きてるんだか、彼は「あー。お日様もお月様も有難いものなんだなぁ。こんな経験しなかったら気付かない幸せが本当は日常に沢山あるんだなぁ。近所のだんご屋さんのお団子食べたいな。」そう思いました。 

 

彼の腫瘍は当然、大きくなりました。 医者達は増えた分の分泌物を抽出し、また研究に没頭しました。彼自身のことなど、医者達には興味なく、脳腫瘍だけに興味があったのです。 

 

彼は、長い間耐えていましたが、頭の中にイメージを思い浮かべ、そこから発展してゆく目に見えない耳にも聞こえてこない世界を創りあげていたのです。 

 

医者達は腫瘍が大きくなっているとニヤニヤ期待していました。でも、検査の結果。腫瘍は大きくなっていません。 医者達は何故だかさっぱり判りません。 

 

そして、ある日、「何だか、とっても眠いや。」異常な睡魔が襲ってきました。彼はカクっと、寝てしまいました。 

 

彼はまた、以前、入院した時に見た夢と同じゆめを見ました。

 

繰り返し繰り返し、同じ夢。

 

どこか判らないけど、日本ではないようでした。夢の中の景色には覚えはありません。 そこには病院らしき建物があり、毎回出てくるのだけど、会った事もない外国人の女性がその建物の窓からいつも、こちらを微笑んで見ているのでした。 

 

彼が生まれて初めて魅力を感じる女性は夢の中。。。

 

彼の睡魔は日に日に増していきました。 

 

そして、目覚めなくなったのです。 

 

医者達は慌てました。覚醒する薬を点滴しましたが、一向に起きません。 揺さぶっても、ほっぺを叩いても声を掛けても、起きませんでした。 

 

医者達はもしこれで、彼がずっと起きなかったら、大変なことをしてしまった!ようやく医者達は自分達の行っていた事が愚かだと言う事に気付きました。 

 

彼を窓のある部屋に移しました。 でも、もう一週間も寝続けていました。 脳の検査もしました。 腫瘍は大きくなっていません。 

 

彼の寝顔はとっても穏やかで幸せそうに見えるほど。 彼の長い眠りの始まりです。 

 

つづく