脳腫瘍の男⑤

彼は翌日から、地獄の脳の検査、そして実験が始まりました。 

 

癌専門医、脳医学の専門医、あらゆる分野のスペシャリスト、ドイツからもアメリカからも「エイズが治る」と言う話を聞きつけて駆けつけてきました。 

 

だけども、頭を何度も開くのは危険過ぎる。そう思った彼らは彼の脳腫瘍に管をつけ、彼の脳腫瘍の分泌液をいつでも調べられるようにしました。 だから、彼の頭には管がついています。 

 

男の脳腫瘍は以前より肥大していませんでした。 では、「何故、前回、脳腫瘍が肥大したのだろう?」医者達は解かりませんでした。 医者たちは彼に色んな質問をしました。 心理テストもしました。 やはり、一向にわかりません。 

 

彼は「嫌な事があったり、仕事でストレスがたまると頭痛がします。でも、何か創れば痛みは治まるんです。」と言うと、 ある医者が、「ストレスをかけると、腫瘍が肥大して頭痛が起こるのかもしれない。では、腫瘍の分泌物は液体だ。増えたら分泌物を管から抽出すれば頭痛は起らない。少し彼には酷だが、彼にストレスをかけるため、試しに断食をさせてみよう。

2日くらいなら、身体には何の影響もない。」 

 

医者達の中には反対する医者もいましたが、男の承諾を得て、彼は2日間、断食しました。 

 

彼はお腹がすいて目がくるくる回りました。 でも、これで助かる命があるのだから我慢しなくちゃ。 そう思ってじっと2日間耐えました。 

 

行動は自由だったので、折り紙を折ったり、鉛筆で細密画を描いたり、空腹感はあったものの、大して苦ではありませんでした。

 

医者達は腫瘍が大きくなっているだろうと期待していました。 また脳の検査。MRIで脳を調べました。 ところが腫瘍は大きくなっていませんでした。 

 

医者達は悩みました。 そして、彼のことばをふと思い出したのです。 

何か創れば痛みが治まる・・・・ 

「そう言えば彼は、折り紙折ったり、絵を描いていたな。」 少々、手荒だが彼に拘束衣を着させよう。

 両手が繋がっている奇妙な服を、彼は着なければなりませんでした。 

これでは折り紙も折れないし絵も描けないな。そう思った彼は気分が滅入りました。 

でも、これで腫瘍が大きくなれば、どんどん研究材料が出来るんだ。

そう思い2~3日拘束衣を着せられていました。 

 

毎日、毎日検査です。 彼にはかなりのストレスです。 

 

腫瘍はどんどん肥大していくのを見て、医者達は大喜びしました。

 彼の頭の管から肥大した分の分泌物を抽出すれば頭痛は起らないから心配はないと踏んだ医者達。

 もっと、彼にストレスをかける為、窓の無い部屋に移されました。

 そして、一日中真っ暗にさせたのです。

 彼はその部屋で何日間過ごせばいいのだろう。 考えただけでも恐ろしい。

 それに、頭痛が日増しに酷くなっていくのでした。 

 

医者達は肥大した腫瘍が脳を圧迫して頭痛が起るのだと単純に考えていたのです。 

 

医者達も何故、肥大した分の腫瘍の分泌物を抽出しているのに、頭痛が起るのかわかりませんでしたが、

その窓の無い真っ暗な部屋に数日間、彼を置いてみよう。

食事ではなく、点滴。そして、尿管を取り付けて、その部屋に半ば監禁状態にさせるという試みでした。 

 

これに医者達は賛否両論分かれましたが、その恐ろしい試みは実行されたのでした。 

 

彼は真っ暗な部屋の中。何も見えず何も出来ず耳を澄ましても何も聴こえてきません。 

彼の頭痛は激しくなっていきました。 しかも、一体今が何時なのか?

朝なのか夜なのか?今日は昨日になったのだろうか? 

 

彼は辛くて仕方がありませんでした。 そして、彼は泣きました。 その時、自分の泣声が部屋に響きました。 彼は、はっとしました。 僕には声があるんだ! 僕は唄えるじゃないか。 彼は思い切り唄を唄い始めました。 

 

目の見えない人はこんな風に音楽が聴こえるのだろうか? 彼はふと、そう思いました。 なんて楽しいんだろう。 頭痛もすっかり止んでしまいました。 

 

真っ暗な部屋の中でとても明るい唄を彼は唄っている。 それに、医者達は気付き、唄を唄うのを止めてそして直ぐ脳検査。 やはり、唄ったことによって、腫瘍は大きくなりませんでした。医者達は彼に唄うのも禁じました。 男はせっかく、あの真っ暗な世界でも、何かを創り出す事が出来るという発見に喜んでいたのに、唄う事まで取り上げられてしまいました。 

 

つづく。