脳腫瘍の男 22話

脳腫瘍の男は、また翌日、その翌日もホスピスに行きました。

 

絵を描いたり

ホスピスにある音楽室でピアノを弾いたり

町で買ってきた安いギターを持って敷地内の芝生の上で唄ったり

パンやお菓子、彼女が好きなものを作って持って来たり

外出はできませんが

脳腫瘍の男にとっては

立派なデートなのです。

 

彼女の余命は宣告された通り半年なのか?もっと短いのか?

いや、もっと長く生き延びれるのか?

誰にも判りません。

それでも恋は恋です。

 

今回は男の脳腫瘍は奇跡を起こしませんでした。

神様は意地悪です。

ただ、脳腫瘍の男にとっては初めての青春

彼女にとっては最後の青春です。

 

彼女はいろいろ話してくれました。

ご両親のこと

友達のこと

健康だった時の趣味や付き合ってたボーイフレンドのこと

 

「わたし、本当はさびしいのよ

でも、悲しむ友達やパパやママの顔を見るのが辛いの

きっとみんなも辛いのよね。。

 

最初に癌だとわかったとき

ボーイフレンドと別れたの。

それきり恋はしないと決めてたの

だって余計に切ないでしょ」

 

彼女はホスピスに来て

彼女は悲しむ人の顔を見たくないと意地を張って

ご両親や友達との面会を拒絶していました。

「死」というのは孤独です

そんな孤独を独りで天国に持っていこうとしていたのです。

 

「それでも、不思議よ

あなたと一緒にいると辛くないの。

その理由は判らないけれど・・・」

 

脳腫瘍の男は言いました。

「好きになるのに理由なんているのかな?」

 

少しずつ

二人の心の距離は縮まっていきました。

 

近くなればなるほど

脳腫瘍の男は苦しみました。

 

「ああ、ぼくの脳腫瘍、、どうして大きくならないんだろう?

この苦しみは僕にとってストレスじゃないのだろうか?」

 

彼女に会ったあと

ベッドに横になると

切なくて堪りません。

 

ある日、またホスピスに行くと

彼女は具合が悪いのか

いつも美味しいと言ってくれるお菓子やパンにも手を出しません。

ベッドから起き上がれないようでした。

 

少しずつ弱っていく彼女を見つめながら

脳腫瘍の男は泣き出しました。

「信じてもらえないだろうけど

僕には子供のころから脳腫瘍があって

僕の脳腫瘍はどんな病気でも治すんだよ。」

と彼女に言いました。

 

彼女は

「また冗談言って。

あなたって本当に私を笑わせる人だわ」

クスっと笑って言いました。

 

脳腫瘍の男は別荘に帰ると

政界のドンに泣きながらお願いをしました。

「僕の命が危なくてもいい。

死んでもいいから

僕の脳腫瘍を彼女に注入してあげてください!

あの病院の医者ならできるはずですから!」

 

政界のドンはこれには参ってしまいました。

惚れた女の命を助けたい

そう思うのは、どの男も一緒です。

ですが、こればかりは政界のドンは首を縦に振れません。

政界のドンにとって

脳腫瘍の男は本当の友達だからです。

 

翌日、ホスピスに行き

ドクターにも看護師にも懇願しました。

「僕の脳腫瘍はどんな病気でも治すんです!

誰か外科医はいませんか!

僕の脳腫瘍を彼女に!!!お願いします!!!」

 

取り乱す脳腫瘍の男を

警備員が連れ出しました。

 

一体全体、彼の言うことを誰が信じるでしょう。

第一、ホスピスには外科医などいません。

 

ホスピス側は脳腫瘍の男を危険と感じ

面会を禁じました。

 

出入り禁止になってしまった脳腫瘍の男は

それでも毎日、毎日、ホスピスの前に行きました。

 

「あの人の顔を見れるだけでもいいから・・」

毎日毎日、通いました。

 

雨の日も風の日も

夢に見たあの建物の前に立っていました。

 

そんなある日

彼女が窓から、こちらを見ていました。

「ちょっと待ってて」と身振り手振りで合図を送ってきました。

 

起き上がるのも辛いだろう

彼女はヘルパーさんに頼んで

車椅子で彼のところまで降りてきました。

 

脳腫瘍の男は喜びましたが

同時に心配もしました。

 

「こんなことして大丈夫ですか?」

脳腫瘍の男が聞くと

彼女は舌をペロっと出し

「大丈夫よ

ヘルパーさんには口止めしたし、買収しちゃった!」

と悪戯っ子のような笑顔で応えました。

 

脳腫瘍の男は取り乱したことを彼女に謝罪しました。

 

彼女は怒ってなどいませんでした。

「信じられる話ではないけど

でも、それほど私を助けたいのだから。。

ねぇ、その話はもういいわ。

今日は外でデートしましょうよ

あと、どれくらい生きられるか判らないけど

貴重な毎日よ!

そう思わない?」

 

 

脳腫瘍の男は急いで政界のドンに電話をして

車を用意させました。

 

政界のドンは脳腫瘍の男の頼みごとに大喜び。

ここのところ、ずっと元気がなかった脳腫瘍の男がj久しぶりに明るい声をしている。

政界のドンはうきうきして、また、あの立派な黒い長い車に乗り込もうとしましたが

「待てよ??俺がついていったらデートにならねぇよな・・・」

少し考えてから

別の車を用意しました。

 

電話口で

「適当な車を用意してやるから。

お前さんが好きなとこ連れてってやれ。」

そう言って

おつきの人にホスピスの前まで車を持ってこさせました。

 

いつもの立派な黒く長い車ではありませんでしたが

高級車です。

 

彼女はビックリしました

「あなたのお友達ってお金持ちね」

と言うと

 

脳腫瘍の男は言いました。

「僕、車の運転、自信がないけど

行きたいところがあったら言ってください」

 

彼女は「そうねー

くさくさしてたから町に行きたいわ。

これでも昔はお酒強かったのよ

田舎町でも音楽とお酒があるお店はあるのよ!」

と、はしゃいでいました。

 

初めての院外デートです。

 

つづく