脳腫瘍の男 ②
脳腫瘍の男は仕事の合間や、早く帰れる日は
そのお店で、ピアノを弾くようになりました。
時々バンドが演奏してる時は空いてる楽器を見つけて弾いた事ないどんな楽器でも彼は弾きこなし、バンドとセッションしました。
バンドのメンバーは皆、黒人。
英語のテストは苦手だった脳腫瘍の男。
でも、彼は英語を音として捉え、黒人ミュージシャンとも、仲良く話す事が出来ました。
彼本人も驚いていました。
「僕、英語の授業、苦手だったのに。」
バンドメンバー達は皆一斉に「you are BAD!!!」(お前最高だぜ!)と、彼の肩を叩いて、
『俺たちがプレイする時も是非来てくれないか?久しぶりに楽しかったよ。』と彼をとても歓迎していました。
丁度、それを見に来ていた同僚達と女の人達が近づいてきました。
「あなたって、英語もベラベラなのね。かっこいい。
演奏も凄い感動しちゃった。あれ?わたし達の事、覚えてないの?」
同僚がひじを突付いて、
『バカ!この間のコンパで会ったじゃないか?可愛い子ばっかだろ?今日、お前、かなり得点高いらしいぞ。羨ましいな。この野郎。』と小声で囁かれました。
「ふーん。こうゆう女の人が綺麗な人っていうことかぁ。僕には、わかんないや。」そう思った彼は、その場を無視し、バンドの仲間達の方へぷいっと行ってしまいました。
楽屋には、バンド用の色んな楽器があって、彼はそれに触ってみたくて、そして奏でてみたくて仕方ありませんでした。
彼らの唄声にも感化されました。 だから、「もっと一緒に唄いたいな。一緒に色んな楽器弾きたいなぁ。」
女の人達より、彼にとっては自由に演奏できて、しかも、いつも一人だった彼に仲間が出来てとっても嬉しかったのです。
今夜は久しぶりに時間があったので、彼は楽屋裏でも、ずっとバンド達と一緒に演奏したり、唄ったりしました。
バンド仲間が舌を巻くほど、上手だったし、自分達の感性にない物も彼らには魅力的でした。
何よりも彼らがびっくりしたのは、彼はジャズミュージシャンなんて誰も知らないし聴いた事もない。
英語の唄を唄うのは今日が初めて。という事でした。 そして、全部オリジナルを即興でやってたと言う事実でした。
彼は誰かの唄を唄ったことがない。
今まで全部自分で作って両親のために唄っていたのだから。
お母さんが唄ってくれた子守唄だけは、よく覚えていて、その唄をこよなく愛してました。
お店の主人は「お願いだから、ギャラ受け取ってよ。今や、もうキミの演奏を聴きに来る客までいるんだから」
彼は
「とんでもない。こちらが、逆にお礼を言いたいくらいです。
演奏させてくれる事が、僕にとっての報酬です。
僕はストレスが溜まると、頭が痛くなるんです。
大きな脳腫瘍があるから。
原因は判ってませんが、僕、こうやって、演奏したり何か創れば、頭いたいのが治るんです。
実は昨日、なんとか、お礼の気持ちを伝えたくて絵を描きました。 気に入ってくださるかどうか、判りませんが受け取って下さい。」
そう言って、彼はお店の主人に絵を手渡しました。お店の主人は、ぞくっとしました。 今日初めて会ったバンドの黒人ミュージシャンの演奏している絵でした。
想像だけで描いたのに、メンバーの数も一緒で顔もそっくりでした。
それを、またお店に飾っても合うように彼なりに工夫した絵でした。
絵はお店の主人がビックリする程の作品でした。
「キミは絵の才能もあるんだ!これは、参った。勿論、飾らせてもらうよ。ありがとう。」
彼の仕事は更にハードになりました。 とても、お店に行って楽器を弾いたり唄ったり出来ません。
家でも絵を描いたり、粘土をこねたり、とにかく何か創る事が彼のいう唯一の楽しみでもあり、原因不明の頭痛から解放される唯一の方法でした。
「料理するだけでもいいんだけどな。」 彼にとっては料理することも、創造する事と同じでした。
よく年老いた両親に色んな料理を作って喜ぶ両親の顔を見るのが好きでした。
お金がなくても、工夫して立派なご馳走にしてしまうのでした。
毎日毎日残業、もしくは徹夜が続きました。
ある日 「あ、頭が痛いよ!」 彼は倒れて 救急車で病院に運ばれました。
つづく